プロフィール

ド素人だった普通の大学生が、30年間メンズファッションデザイナー続け、フリーで16年間やれている話し

メンズファッションドクターXのブログに訪問していただきありがとうございます。

デザイン画も全く描けないド素人だった私が今もデザイン活動を続けている上での信条は下記になります。

デザインコンセプト

自己満足でなく、人をハッピーにするための服をデザインする

・トレンドに流されるのではなく、自分の軸をブラさない

常識を壊して新しい常識を生み出していく

・世の中の人に楽しさや快適さを与えられるような服をデザインをする

もし上記の項目、私の発信内容に興味や共感を持たれた方は、下にカンタンな自己紹介をしてありますのでチラっと流して読んでいただけたらと思います。

又、自己紹介の下には、一番最初にある「ド素人からデザイナーへ」のストーリーが長々と書き綴られてありますので、お時間ある方はサラサラと早読みをして下さい。

自己紹介

江森義信

Stilista代表 (フリーランス)

メンズファッションデザイナー/クリエイティブディレクター

1964年10月12日生まれ

東京都出身  現在世田谷区在住

デザイナー歴30年(フリー歴16年)

デザイン領域(スーツからカジュアルまでメンズ全アイテム)

・デザイン以外領域(ディレクション及びコンセプト立案)

好きなコト  人を喜ばせ楽しませるコト

嫌いなコト  見栄を張るコト、カッコをつけるコト

  着る人を快適にして、幸せにできるブランドをつくるコト

大学卒業後にファッション業界に足を踏み入れ、イタリアブランドのデザインを11年経験した後、2002年にフリーとしての活動をスタートさせる。

様々なクライアントためのデザインを行うが、毎シーズン使い捨てのように新しいモノを生み出さなければならないデザインの在り方に疑問を抱くようになる。

その後、オーダースーツ新事業の立ち上げへの参画や大手素材メーカー展示会ディレクションを経験し、デザインだけではないコンセプトを通じて理念や想いを人に伝えるコトの大事さを痛感する。

モノが大量に溢れウソやつくられた情報が氾濫する中で、ド素人からプロになった経験を生かしてつくられていない本当の情報を発信するコトで、ファッションを楽しみたいという人達誰もがセンスよく、カッコよくなってもらう助けになればと思い、このブログを立ち上げました。

このブログを通じて、あなたにとって本当に必要なメンズブランドを立ち上げるコトを目標に活動していきたいと思っています。

メッセージ

はじめまして!江森義信(えもりよしのぶ)と申します。

私は、ファッションデザインに携わって30年になりますが、元々は一般大学の経済学部に通う学生でした。

卒業後の就職活動の際には、とにかくフランスやイタリアなどと接点の持てる仕事がないかと探した結果、アパレル企業に就職することになります。

会社に入る際の面接では、終始一貫してプレス(広報)セクションを希望していたので入社が決まった時は、念願のプレス業務が出来ると心が躍ったことを覚えています。

しかし、入社後は予想に反して営業セクションに配属されて、くる日もくる日も倉庫にて商品をパッキン詰めしてお店へ出荷する地獄のような毎日でした。

ファション業界の華やかなプレスに憧れていた私としては、モチベーションはダダ下がりでしまいには売りモノである商品パッキンを足で蹴り悪態をつく有様でした。

デザイナーになるきっかけ(イタリアとの出会い)

今、考えると大学を出たばかりのズブの素人がと思えば当たり前なのですが、その頃はそんなことは露にも思っていませんでした。

そんな状況が3か月続いた頃、「もうダメだ」だと思い、会社を退職したいと上司に告げると、全く想像しえなかった言葉が返ってきました。

デザイン室で、欠員が出て部長がお前を欲しいと言っている。移動してみないか?

かなり以外で驚きましたが、どうせ辞めるつもりだったので二つ返事でOKしました。(後日に新人の中で一番オモシロかったからと言う移動の理由を知る。

とはいえ、私以外は文化などの服飾専門学校の出身者で、私自身デザインなどの経験もないので、周りの反応は、「何でコイツが?」という状況だったと思います。

そして、BIGLIDUEというイタリアのライセンスブランドの担当になり、その後のデザイナーとしての人生を歩み出すことになります。

結果として、念願だったイタリアとの接点を持つことになるのですから人生は不思議なものです。

しかし、私にとってこの出会いは大きく、何もわからない状態言わば白紙のキャンバスに吸収するモノがイタリアの素材、製品、考え方なのですから毎日が楽しくワクワクし充実していました。

イタリアやフランスにも多い時で年4回も出張し、イタリア人ともコミュニケーションを深めるためにイタリア語も学び、大学生の時に思い描いていた”夢”が早くも現実化した毎日でした。

会社を退職し、フリーへの道を歩む

しかし、人生良いことばかりは続きません。

充実した企業デザイナーとしての日々を送っていた11年目のある日、試練がやってきます。

勤務していた会社の従業員は3000~4000人いたので直接社長と話す機会はなかったのですが、10年目も過ぎて責任者になると会話をするチャンスも増えてきます。

当時、血気盛んで生意気だった私は、あることが原因で退職に追い込まれることになります。

今思うと、組織人としてはありえないぐらい調子にのっていたので、当然のことだったのかもしれません。

その生意気さは会社を辞めてからも変わらず、その後、転職するための会社の面接を受けても落とされ続けて1年ぐらいは無職の状況が続きました。

心を入れ替え、面接に臨んでやっと入社できた小さな企画会社も入社後1年ぐらいで業績悪化で給料の遅配や減額が続き最悪の状態は一向に改善する様子はありませんでした。

しかしそんな時にクライアントだった1社から「独立してウチの仕事をメインでやらないか?」と誘われたことがキッカケとなり、会社を辞めてフリーへの道を歩き始めることになります。

フリーになると、とにかくデザイン画が描けないと話にならないのですが、無職だった1年間の間はとにかくヒマだったので独学で勉強をしてとにかく描きまくり、何とか人並程度にはなっていました。

イタリアブランド時代はデザイナーはイタリアにもいたので、デザイン画自体もそんなに書く必要がなかったからです。(元々、ド素人なのでデザイン画自体が書けませんでした。)

生きていくためにがむしゃらに仕事をして、身を削る日々

その後、はとにかく家族のため生活のために依頼のある仕事はどんなオファーでも断らずにこなしていきました。

メンズであれば、スーツからカジュアル、ニットやカットソーまでとクライアントも様々で商社、アパレル、小売店など、常に3~4社と契約している状態でした。

フリーランスは収入が安定しないため、1社のギャラを高くしてもし契約が無くなってしまうと年収が大幅にダウンしてしまうリスクがあるので、ギャラ自体を安くして複数の仕事を掛け持ちする必要があったからなのです。

とにかく生活のために納期に追われ、くる日もくる日もデザイン画や仕様書を描き、毎日睡眠2~3時間が半年ぐらいは続く状態で心身ともに疲弊していきます。

何か月も1日中机の上でデザイン画を描いていたので首の骨がズレてしまい、医者から頸椎症と診断され肩や手のしびれが1年以上もとれなくなってしまったのです。

新たな仕事をキッカケに自分の信念が明確に

せっかくデザインで飯を食えるようになっても、毎シーズンノルマの型数を機械的にこなしそして出来上がったサンプルを展示会で何の躊躇もなくパクっていくアパレルや小売店を見て、自分も含めてポリシーや思い入れのないファッション業界に絶望感さえ感じていました。

そんな時、私に希望を与えてくれる2つのオファーがあります。

依頼主は2人とも企画会社時代に知り合った人で、何年かは音信不通だったのですが、久しぶりに連絡があったのです。

オファーの内容はいずれも新事業、新プロジェクトの案件でした。

日常の仕事にやりがいを失っていた私は喜んで引き受けたものの、今までデザインというパーツでの仕事はしてもゼロから立ち上げた経験はなかったので、全てが新鮮でした。

商品のデザインを考えるだけでなく、コンセプトを考えマーケティングを行い検証していき、ゼロからスタートしたものが拡大して大きくなっていく。又、たくさんの人が訪れてくれるようになってくる。

コンセプトやマーケティングを通じて人に伝えるコトの大切さを学ぶようになったのです。

本物の情報を発信して、選択に悩む人々の助けになる

今の時代、SNSやソーシャルメディアをはじめとして様々な情報が溢れています。

雑誌などはもちろん、ソーシャルメディアなどでも企業がお金をかけ、自社に有利な情報をつくりだしている中、ド素人からプロになった長い経験から得たノウハウを通じて本当に価値のある情報を伝えるコトで、あなたのファッションスタイルが今以上にカッコよく、センスよくなる助けになれるコトを願っています。

そして、このブログを通してあなたの服に対する悩みや不満を解消し、本当に必要なメンズ服のブランドを立ち上げるコトを目指していきたいと考えています。